他者にとって良い存在ってどんな存在だろう…?

住職の人生相談コーナー

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遠藤 喨及
東京に生まれ、少年期をニューヨークで過ごす。浄土宗和田寺住職、タオ指圧/気心道創始者、ミュージシャン、平和活動家、ゲーム発明家など、さまざまな顔を持つ、タオサンガ・インターナショナル代表。 1990年頃より、北米各地、ヨーロッパ各地、中東、オセアニアなどの世界各地で、タオ指圧、気心道、また念仏ワークショップ等を行い始める。 また、それらの足跡によって、世界各地のタオサンガが生まれ、現在、各センターは、仏教の修行道場、タオ指圧・気心道などの各教室、海外援助を行っている。遠藤喨及個人ブログページもご覧ください。 
http://endo-ryokyu.com/blog/


「他者にとって自分が良い存在であろうとすること」という住職の言葉を読み、少し悩んでいることがあります。
私は、他の人が残業していても、その日の仕事が終わったら帰ります。
帰りづらい雰囲気ではありますが、各々与えられている仕事が違い、手伝うことはできず求められてもいないこと、またあまり遅くまで働いていると疲れてしまうこと、そして集中できなくなるので、自分のタイミングで帰るようにしています。

先輩や同僚は、「今日こそは早く帰ろうと思ったのに!」と言うことはありますが、実際早く帰ることはあまりありません。
そんな中で自分のペースで帰っている私は、きっとこの人達にとって良い存在ではないんだろうなと思います。
ですが、一緒に9時10時まで残業すれば良い存在になれるのかと考えると、それもわかりません。
良い存在ってどんな存在だろう…と考えてしまいます!

「良い人」というのは、誤解が生じやすい言葉ですね。
なぜなら私たちが通常、「良い人/ 悪い人」と言う場合、“自分にとって都合が、、、”という枕詞(まくらことば)がつくことが多いから。
そんな私たちが、“他者から悪く思われないようにしよう。
相手から好かれるようにしよう”とすると、
それを相手に無意識的にアピールしたり、他者にとって「都合の良い人」になります。。

しかし、それをするとどうなるか? 
相手に愛されることはありませんし、自分自身に対しても無意識に怒ります。
(無意識に溜め込んだ怒りは、いつか誰かに転化されます)。
都合の良い存在になろうとすることは、誰も幸せにはしないのです。

では「人にとって都合の良い存在になんかなるものか!」と、肩をいからせて生きてみましょう。
時々、こんな風になる人っていますよね。
でも、その結果、あなたは誰からも愛されません。
なぜでしょう?

そこには、他者に対する愛がないからです。
そもそも、他者から悪く思われないように”することにも、“好かれるように”することにも、“他者にとって都合の良い人になることにも、「なるもんか!」と肩をいからせることにも、他者への愛はありません。
愛がなければ、それは良い存在ではないし、誰も幸せにならないのです。

では、愛のある存在とは何でしょうか?
これは、頭でわかったとしてもあまり意味はありません。
したがって、詳細に説明はしません。
ただ、もし一言だけつけ加えるならば、
「愛」とは、神さま仏さまから頂く、暖かいエネルギーです。
良い存在とは、神や仏の暖かなエネルギーを感じさせてくれる人です。
「自分のために」がない人です。
「他者の都合やエゴ」に合わせる人でもありません。
相手に好かれようとして身売りする人でもありません。

日常の話に戻しましょう。
もし、ご自分のペースで帰ることで、”イヤな奴と思われているのではないか?”と気になるなら、マメにお菓子の差し入れでもして上げたらどうでしょう?
気遣う気持ち(愛)で皆さんに差し入れをよくしていれば、余計なストレスだって抱え込まなくて済みますよ。